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写真ブログ 日々の様子の記録 好き勝手書きます

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変わっていく

写真を撮影してお金をいただくようになって
はや10年目になっている。

この10年で写真は大きく変わった。

10年前まだフイルムで人物撮影をしていた頃
ネガに修正を入れ、
プリントに修正を入れる。
いかに奇麗にその人を仕上げるか
アナログの中でできることすべてが技術だった。

それからすぐに写真のデジタル化が進み
修正を入れることは当たり前になってしまった。

お客様から修正を入れてね!と言われることも
日常茶飯事。
奇麗な物を残すというのは素敵なことである。
修正を入れていくのだが、いったいどこが最終地点なのか???

修正の可能性も広がりどうとでもできるのが現状だ。

じゃあ写真本来の記録という物として考えたとき
本当にそれでいいのだろうか?
修正を入れて5歳若返らせる。

簡単なことだ。

では、2012年現在。
5歳若返った写真を今の記録として残すのが
本当に意味のあることなのだろうか。

僕は家族写真を毎年とっていこうと勧めている。
それはきっと宝物になるからだ。

そういえば、先日婚礼のお客様が言っていた。

写真は曖昧な記憶を記録によって鮮明な思い出にしてくれる。
だから思い出すためのものだ。
写真をみて断片的にも思い出し、
あらたに自分の解釈で思い出を再び作り上げていく。
なるほど。

僕は毎年家族で1枚だけ写真を撮ってもらっている。
なぜだろう。
それは自分が死ぬときに何を棺桶に入れてもらおうか?
と考えたときに、一緒に焼いてもらえるからだ。
それを話したとき妻は
え!じゃあパパが先に死んだら写真がなくなるじゃない!
といった。

なるほどそのとおりだ。

すまないがそれでも棺桶には入れてもらうつもりだ。
きっとそれと焼いてもらうのが一番幸せだと思ったからだ。

何が言いたいのか
分からないが

そういうことだ。

なのでうちでは毎年撮影の家族写真はほぼ修正はいれない。

一人でとるポートレイトは奇麗に残せばいいと思う。

だから家族がけんかをしていてぎこちなくても撮るべきだ。
1年したら笑って思い出せる。

ただけんかをしている時は
まえもってけんかをしているから
少し離れてとってくれ!と言っていただければ
ありがたい。
それも家族の記録だ。

10年前はこんなこと
考えもしなかった。

不思議なもんだ。


今は家族と家族の写真を大事にしてもらえる
お客様を増やしたくて勧めている。

アルバムも20年30年もっていても味のあるものを
探している。

ただ今はアメリカから送ってもらったアルバムが
自分の注文した物と違う物が送られてきて
毎日メールでやり取りをしている。
これは本当にストレスだ。www

あとは敬老の日にはおじいちゃんおばあちゃんの写真を撮りたいな。
また考えよう。

明日は婚礼2件ただただ幸せにカメラを向けさせていただきます。


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  1. 2012/05/18(金) 23:54:56|
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